愛の巣
この仕事を始めてから、もっともショックな出来事だった。
先日、打合せにお客様宅へ伺ったときの事。
ご夫婦とわたしとで1時間あまりのお話が終わり、お正月には新居ですね~なんて話しながらおいとまする時に、玄関まで見送ってくださった奥様が小声で
「わたしは行かないの」。
えっ?どこにですか?
「わたしはあの家には行かないの」
廊下の奥のリビングからは、ご主人が見ているテレビの音が聞こえてくる。
まるで別世界のような玄関先。
たとえばある種類の鳥は、オスがメスを迎えるために美しい巣を用意する習性を持つ。
このご夫婦は年配だけど、設計やインテリアに熱心なご主人を見るにつけ、奥様を喜ばせようとする気持ちが伝わってきていた。その姿に、わたしはいつとなく「妻を喜ばせようと住まいを整える、けなげで可愛い雄鳥」というイメージを重ねていた。
この年齢になって新しい家に引っ越すのは大儀なことに違いない。それでも色んな調度を揃え、こだわったお家にしたいというのは、お仕事で家にはほとんどいないというご主人自身のためではなく、奥様のために決まってるのだ。わたしはずっとそう思ってきた。
なのに。
わたしは玄関先でほとんど泣きそうになりながら、「そんなことおっしゃらないで下さい」と訴えたのだけど、奥様は「いいえわたしは」とかたくなだった。
そしてわたしに「いつも格好いいわね、頑張ってね」などとおっしゃる。
開けっ放しのドアから入る寒風が気になり、わたしはそれ以上は何もいえずに「お世話になりました」とその場を辞した。
そして駅までの道を歩きながら、ひとり半べそをかいてしまった。
来週には、内装の工事が始まる。その後いろんなたくさんの商品も、そのお宅に運び込まれる。
奥様の部屋のカーテンは、わたしがおすすめしたものに決めてくださったのだ。ピンクのマグノリアの刺しゅうが施された、とても高級なものなのに・・・。
その部屋を奥様が見てくださることは、ないのだろうか。
ずっと何か思うところがありながら、わたしにお付き合い下さっていたのだろうか。
いいえ、近くわだかまりが解けて、新年はどうぞご夫婦そろってご新居で、と祈るような気持ちである。
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