七夕の由来などなど。。
七夕の由来は、中国と日本のいくつかの風習・物語が合わさってできたものとされています。
一番よく知られているのが、織姫と彦星の悲恋の物語。一年に一度だけ、天の川を渡って逢える、2人のお話ですね。これは中国から来たものです。
それと、もともと日本で古くからおこなわれていた、禊(みそぎ)の行事。
旧暦の7月7日はお盆の辺りなのですが、その頃に巫女さんが、川辺に棚床をだしてそこで機織りをし、身を清めながら機織りをする、という風習がありました。その巫女さんのことを「棚機つ女(たなばたつめ)」と呼び、「たなばた」という呼び名もここから来ているようです。(考えてみたら、「七夕」と書いて、「たなばた」と読むのは不思議ですよね)
もうひとつは、この日に、書や器楽演奏の上達をねがう「乞巧奠(きっこうでん)」という行事。短冊に願い事を書いて、笹に吊るす、などはここからです。乞巧奠のしつらえというのがあって、色んな文献で目にすることはできるのですが、季節の野菜などをお供えし、反物や糸を飾り付け、水を張った桶に、梶という木の葉を浮かべて、そこに星をうつして鑑賞していたそうです。
これらがいつしか一緒になって、今のような七夕行事ができてきました。もとは宮中行事でしたが、江戸時代ごろから庶民にも広まったそうです。
宮中の七夕行事は、さぞ優雅なものだったでしょうね~~。
現在も地方ごとに、いろんな七夕の風習が残っていて、川に舟を浮かべたり、人形を吊るしたり、農村地域では、お盆の行事と一緒になっているところも多いそうです。
天の川を見ることは、地上が明るい街なかでは難しいですね。
それじゃなくても、梅雨時期なので大抵雨か、曇っていますから、星空を楽しむにはちょっと難あり…。
更に更に!
たとえ晴れていたとしても、今年はナント、満月と重なっているのです。七夕に満月なんて素敵♪、と思うかもしれませんが、空が明るくなりすぎて、天の川が見えないんですね~~。
七夕はもともと、旧暦の7月7日に行われていた行事。時期的には、今のお盆頃にあたりますから、梅雨は明けて、晴れている確率が高まるし、旧暦は月の満ち欠けで日にちが決まっていまして、新月の日(月が見えない)が1日、満月が15日です。なので7日は、月は半月くらいです。月の出る時間も早いので、夜半には沈んでいます。星空をながめるには、今よりずっといい日取りだったと言えそうです。
あ~もう、暗くなってきてしまった(^^ゞ 急いで更新!!
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